「おもろさうし」は、沖縄や奄美諸島で、12世紀頃から17世紀初頭にわたって謡われた歌謡を、16世紀から17世紀にかけて、首里王府が採録し、全22冊に編集したものである。平仮名を主とし、きわめてまれに平易な漢字をまじえる。歌の数は1554首であるが、重複を除いた実数は1248首である。歌の対象の地域的広がりを見ると、奄美、沖縄はもちろんのこと、宮古、八重山群島を含み、北は京都から鎌倉、南は遠く東南アジアにいたり、中国、日本を含めアジアの全域にまで及んでいる。
 「おもろさうし」22巻のうち第1巻は1531年、第2巻は1613年、第3巻〜21巻は1623年に編集された。第22巻は一首を除きすべて他巻からの抜粋であり、年代の記載はないが1623年以後のものと察せられる。
 原本は1709年の首里城火災の際に焼失した。翌年、具志川家に伝わる具志川本をもとに再編集が行われた。再編集では2部が作られ、1部は城内に(尚家本)、1部はおもろ主取の安仁屋家に(安仁屋本)保管された。現存最古の尚家本(県立博物館所蔵)は、国の重要文化財に指定されている。安仁屋本には尚家本にはない言葉聞書が記入されており、その後の諸本はこの系統に属する。
 明治26年に沖縄県尋常中学校に赴任した田島利三郎は、沖縄県庁にあった琉球史料に注目し、本格的なおもろ研究に着手した。その後、田島から資料を託され研究を引き継いだ伊波普猷は、大正末に『おもろさうし選釈』『校訂おもろさうし』を発刊し、おもろの存在を広く江湖に知らしめた。昭和の戦後期、伊波の没後は仲原善忠を中心におもろ研究が進められ、仲原は『おもろ新釈』を著したほか、外間守善と共同で『校本おもろさうし』『おもろさうし辞典・総索引』を編んだ。
 現在、活字本として最も普及している外間守善校注の日本思想大系本『おもろさうし』(岩波書店,1972)と岩波文庫本(2000)は、いずれも本学附属図書館伊波普猷文庫所蔵の仲吉本を底本とする。
 
 

 


 展 示 資 料 解 説

1-1. おもろさうし(仲吉本)
 [恩河朝祐他写] (伊波普猷文庫)
 恩河朝祐、仲吉良吉が安仁屋本から写しを作ったといわれる。所有していた仲吉朝助の手を経て伊波普猷に贈られ、仲吉本と呼ばれる。言葉聞書と区切り点の付いていること、改行のない原本どおりの書写であることが、仲吉本の大きな長所である。

    1-1.おもろさうし仲吉本  詳しく見る

1-2. おもろさうし(田島本)
 田島利三郎[写],1895 (伊波普猷文庫)
 田島利三郎が、県庁にあった琉球史料本から書写した。尚家本や仲吉本が、全体としては韻律詩のように並びながら1行ほぼ12字で行改めをしているのに較べ、田島本は、「一」・「又」という符号で区切られる文ごと書き下しになっている。

    1-2.おもろさうし田島本  詳しく見る

1-3. おもろさうし 
 仲原善忠[写] (仲原善忠文庫)
 「仲吉本」から仲原善忠自身が筆写したもの。いわゆる「仲原本」といわれるもの。「注」および本文のところどころに口語訳が付されている。

1-4. 校訂おもろさうし/伊波普猷校訂
 東京:南島談話会,1925 (伊波普猷文庫)
 田島本を底本とする。田島が安仁屋本と校訂したもの(一部)を反映している。伊波が田島利三郎から引き継いだおもろさうし研究の本格的な先鞭をつけたものとして重要な活字本である。600部発行。少ない写本を頼りにしていた研究が、この書の発行によって裾野を広げた。  >詳しく見る

1-5. おもろ語の研究:仲宗根政善直筆原稿
 (仲宗根政善言語資料)
 本学附属図書館は、仲宗根政善が、生前、寄贈した琉球方言等に関する言語学資料(本人の直筆原稿、ノート類など)を約300冊にまとめて所蔵している。琉球各地の方言の文法・語彙資料はもとより、おもろに関する研究資料がある。本書はその一冊である。この中の原稿は、『琉球方言の研究』(1987)等に活字化されている。附属図書館では、現在、仲宗根政善言語資料の電子化作業を進めており、ホームページを通して公開予定である。

    1-5.おもろ語の研究  

1-6. 混効験集(こんこうけんしゅう)/琉球王府(松村朝睦等)編
 田島利三郎[写],1895 (伊波普猷文庫)
 田島利三郎が、乾集は評定所本より、坤集は太田朝敷の古写本より書写したもの。『混効験集』は、尚貞王が古来のことばが減少するのを惜しんで集めさせたもので、琉球古語の辞書というべきものである。1711年3月24日の成立。首里王府の宮廷語を和文で解説、琉和辞書の体裁をとっている。原本は県立博物館所蔵。

    1-6.混効験集  詳しく見る

 

*書誌的事項中の [写] は、自筆本・書写本等、肉筆の資料を示す。

 


目次へ
< >次頁へ