2006年度 data’s introduction 新収蔵沖縄関係資料の紹介(その1)

「内外旗章便覧 明治初期 含・琉球国旗」
  幕末から明治初期にかけて同種のものが少なからず出版されているが、本書は琉球国旗が掲載された珍しいもの。

写真
△内外旗章便覧 明治初期

「戦前沖縄県伝統工芸指導所教科書 2冊 機織法 全/染色講義(安谷屋正量)」
  戦前、首里城におかれていた伝統工芸指導所のテキスト。孔版。「染色講義」は所長であった安谷屋正量によるもの。

「琉球人名書 天保3年 江戸上り琉球人使節名簿 巻紙一巻」
  天保三年(1832)江戸上りで江戸城登城に際しての名簿の写し。正使は豊見城王子だったが、豊見城王子は鹿児島で客死した為、普天間親雲上が代役となった。

「琉球聘使略 版本 一枚刷 嘉永3年」
  嘉永三年(1850)の江戸上りの刷り物。正使は玉川王子。ほぼ同一のパターンでその都度内容を少し変えて発行されたと思われる。

「遠江国見附宿 本陣助郷文書 琉球関連(文化5年)含 15通」
  助郷とは大名行列等でそれに要する人馬等が宿場のみで対応できない時に、周辺の村々等から半強制的に動員する制度をいうが、本文書は旧東海道五十三次の内、江戸から数えて28番目、京から数えて26番目の宿場で、現在は静岡県磐田市にあった本陣に残された助郷文書で、天保四年の琉球人に関する助郷文書が含まれる。大名行列や琉球人行列は通過する地域の住人にとっては大きな負役であった。

「御免琉球人行列附 文化3年版 山城屋・松代屋版 裏打有」
  文化三年(1806)の江戸上りは琉球王尚より、徳川家へのもので正使は読谷山王子で一行は全部で97名であった。

「琉球封使録 明治初期 須原鉄二編」
  明治政府は琉球処分断行にあたって事前に琉球の歴史等を詳しく調べ、中国との交渉にあたろうとしていたが、本史料はその調査報告書を申すべきもの歴代の冊封の記録を整理してまとめている。当時の警察に御書物という役職があったというのも面白い。

「琉球国米国船漂流文書 写本5丁」
  那覇沖で米国船が難破し、救出保護したいきさつを(おそらくは)在藩奉行所に出した報告書。

写真
△琉球国米国船漂流文書

「太政官御布告第50号 琉球藩郵便局布告 明治7年 三条実美」
  沖縄における郵便制度の発足を告げた布告。この布告によって県内各所に郵便局がおかれることとなったが、実際には琉球処分に向けた明治政府の要員と中央官僚との連絡網の確立への第一歩として急ぎ整備する必要にかられてのことであった。

「琉球人江戸上り狂歌刷物 一枚」
  これまで全く知られていなかった天保三年の江戸上りを題材とした狂歌刷物。編者李宝は福井・加賀藩の蘭医。
  木版多色刷で琉球人が描かれ、35名による狂歌が唄われている。琉球人の江戸上りを江戸の町人・知識人がどの様に受け止めたかを知る上での新出の一級資料である。

写真
△琉球人江戸上り狂歌刷物

 


琉球大学附属図書館報「びぶりお」第40巻第2号(通巻第147号) 
発行日:2007年(平成19年)10月1日
発行:琉球大学附属図書館 編集:びぶりお編集委員会
〒903-0214 沖縄県中頭郡西原町字千原1番地
TEL:098−895−8167 E-mail:kikaku@lib.u-ryukyu.ac.jp