琉球大学附属図書館収蔵貴重資料の修復について


記者発表 史料写真
△左から親川兼勇附属図書館長、
 照屋善彦琉球大学名誉教授、
 ジェンキンズ・A・P 沖縄県立芸術大学教授(記者発表)
△ベッテルハイム修復史料

1.ベッテルハイム琉球滞在日記

(1)修復の概要

  琉球大学附属図書館では、2006年度沖縄関係貴重資料修復保存事業においてベッテルハイム琉球滞在手稿日記・手稿公文書簡の修復の完成に伴い、8月13日(月)に修復完成の記者発表を行った。
  琉球大学には、5冊の貴重なベッテルハイムの手稿日記、および手稿公文書簡がある。
  しかし、史料は150年ほど前に書かれた文書であり、19世紀前半の薄い洋紙が用いられているため酸性度が著しく高く、劣化が激しい状態であった。いわば、枯れ葉状態になっており、閲覧利用することが困難で、保存が危うい状態であった。
  当修復事業については、かねてより内外の研究者からの強い要望があり文部科学省への概算要求の申請を行っていたところ、2006年に文科省から修復事業としての予算交付があり、今回、修復を行った。
  史料は、重度の劣化損傷が進んでいる上に、当時のカーボン紙での記載であるため、表の文字は、褪せて薄くなり、裏側の文字(逆像)が残っている特殊な状態であった。そのため、修復に際しては、従来の裏打ちによる修復を行うと史料裏面の文字情報が隠れてしまうこととなるため、特殊な修復技術であるリーフキャスティング法(漉(す)きばめ法)を用いて修復を行うこととした。
  リーフキャスティング法は紙漉きの原理で欠損部のみに修復用繊維を充填していくため、両面に情報がある紙の裏面を損なうことなく修復が可能であり、原本の修復に有効であった。

 

(2)史料の概要

 ベッテルハイムは、英国海軍琉球伝道会からの任命を受け琉球への航海中および琉球滞在中、膨大な手稿日記と手稿公文書簡を残しており、手稿日記と手稿公文書簡は支援者である英国琉球海軍伝道会への報告書として送付している。ベッテルハイムは、カーボン紙で書いたTOP COPYを自身の保存用として、米国に持ち帰っている。渡米後、史料を見直し、ところどころ書込みをいれているため、バーミンガム大学図書館、英国公文書館所蔵の史料との対比により書込みの部分についての相違が確認できる。渡米後の史料は、その後、ご子孫に引き継がれたと思われるがなんらかの理由で多くが散逸しており、現在、発見されているのは当館所蔵史料、および、先日、日本聖公会沖縄教区事務所に貸与された日記と書簡のみである。当館の史料は、3冊の手稿日記と2冊の手稿公文書簡があり、そのうち、4冊(後述no.1、no.3、no.4、no.5)はベッテルハイムの曾孫R.J.ハンプトン夫人所蔵分を照屋名誉教授をとおして琉球大学図書館にご寄贈いただいたもので、残りの1冊(後述 no.2)はベッテルハイムの曾孫セオドア・J・ベレスフォード夫人所蔵を向田博士をとおしてご寄贈いただいたものである。今回の史料の修復により、原本の保存はもとより、内外の多くの研究者・一般の利用者に対しての史料の閲覧・利用が可能になり、今後のベッテルハイム研究の促進に貢献することが期待できる。また、附属図書館では、今後WEBでの画像の公開を予定している。

no.1 1846年10月17日〜1847年7月7日の手稿日記(琉大図書館のみ)
no.2 1846年〜1850年の手稿公文書簡
no.3 1852年9月28日〜1853年11月13日の手稿公文書簡(琉大図書館のみ)
no.4 1853年4月2日〜1853年7月25日の手稿日記
no.5 1854年3月5日〜1854年7月16日の手稿日記
   (1854年4月7日から1854年7月16日までは琉大図書館のみ)

■ベッテルハイム史料 no.2

▽no.2修復前(2頁目)
修復前写真


▽no.2修復後(2頁目)
修復後写真

2.その他の史料についての修復の概要

1 萬書付集

 宮良殿内文庫中の諸史料を代表するものの一つ。松茂氏の宮良当親の手になる筆写本。八重山行政の拠点であった蔵元の諸手形(咸豊6年)や首里王府が派遣した検使、翁長親方が示達した諸規程(同7年)、同年の諸手形類、咸豊8〜9年の諸文書からの抜粋などで構成される重要行政文書の集成。特に翁長親方の島政視察とその改善策をまとめた「翁長親方八重山島規模帳」の成立過程を検討するうえで不可欠な史料。19世紀の八重山社会の実態を考察するうえでの具体的事例が随所に登場する。同名の文書は他にもあり、役人の業務遂行上の基本メモワールの意味で「万書付集」の名が使われた。しかしこの名で呼ばれる史料の代表格は本文書である。紙背文書があり、このほうも八重山歴史の重要史料と評価されている。(高良倉吉)

▽ 修復前(2頁目)
修復前写真
▽ 修復後(2頁目)
修復後写真


2 琉球王府花押印状 17枚

玉川王子(1826〜1862・尚王第6王子)から島津家へ宛てた書状

▽ 玉川王子花押印状 修復前
修復前写真
▽ 玉川王子花押印状 修復後
修復後写真

3 伊波文庫 獨物語并御扶持方定

 『独物語』は、近世琉球の政治家蔡温の著作である。1750年(尚敬38)、尚敬王死去の前年、蔡温69歳のとき国運の前途を思い、三司官、表十五人など当時政治の中枢部にある人々のために、琉球の政治経済のあり方について語りかけた書である。蔡温は、国に9段階があるが、琉球は最下段にあり、その琉球が唐、大和、両大国に仕える政治の苦衷を<朽手縄にて馬を馳せ候儀同断>といっている。その朽手縄をよく捌いた蔡温の政治的経験から、後事を託すつもりの具体案が提示されている。唐、大和への従属国としての物入り、絶海の孤島の農林政策、とくに、当時20万の人口が30万、40万に増加したときの対策や、生産奨励には管理生産より増産することをのべ、教育習俗を憂え、交通、運輸などの当面する諸問題にまで及んでいる。国士は眼前の小計得では安堵はできない、長久の大計得、すなわち基本法を確立して夜昼入精することが肝要だと、全篇琉球の前途を憂える文字でつづられている。本資料には、『独物語』のほかに『御扶持方定』という資料も含まれている。

▽ 修復前(2頁目)
修復前写真
▽ 修復後(2頁目)
修復後写真

4 巻子装 5巻

 「島津家宛花押印状(一) 中山王尚育」、「島津家宛花押印状(二) 国吉親方 朝章」、「島津家宛花押印状(三) 与那覇親方 良綱」、「島津家宛花押印状(四) 小禄親方 良恭」、「琉球諸島図巻」

5 額装 4点

 「原文庫(扇形)(豊見城盛綱伝来の品)」、原文庫「風月亭」、原文庫「芝蘭宝」、原文庫「李丹元」

▽「原文庫(扇形)(豊見城盛綱伝来の品)」 修復前
修復前写真
▽「原文庫(扇形)(豊見城盛綱伝来の品)」 修復後
修復後写真

6 「手形一世流刑罪状」、「琉球人来朝之図(木版画)」

7 軸装 6幅

 「琉球宮古馬古文書」、「暮秋遊識名苑 原忠順漢詩幅」、「原忠順書幅」(3幅)、「湯川秀樹博士書 学而不厭」



琉球大学附属図書館報「びぶりお」第40巻第2号(通巻第147号) 
発行日:2007年(平成19年)10月1日
発行:琉球大学附属図書館 編集:びぶりお編集委員会
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