琉球大学附属図書館のあゆみ
−シリーズ7(完)−

豊平 朝美

1980年代3

◎湧川清栄氏からの寄贈

 ハワイ在住の県出身の湧川清栄氏のご厚意により、これまで当館が受入した中で、個人からの寄贈としては最大の約1万6千冊の膨大な図書の寄贈を受けた。これらの図書は当初から沖縄へ寄贈する目的で私財を投じて収集されたもので、沖縄に大学が設立されたら、その図書を贈ろうということで、湧川氏が意識的に集めてこられた資料である。今では入手不能な資料も多い。戦後は戦争で灰塵に帰した沖縄に大学の設置を呼び掛け、実現させた影の功労者としても知られる。琉大に贈れば結果的に沖縄の若い人達や一般の人にも利用できるので、本学に寄贈されることになった。本文庫の入手は湧川氏と親交のある法政大学の外間守善教授(当時)に蔵書寄贈の話が持ち掛けられ、外間教授が琉大の東江学長を通じて実現した。寄贈の前年11月に東江学長はハワイを訪問、正式に申込をした。湧川氏は沖縄県今帰仁村出身で大正9年、12歳の時、兄の呼び寄せでハワイに渡り、ハワイ大学・同大学院へ進み、その間に11年間東大へ留学した。その後、日布時事(現布哇タイムス)に新聞記者として入社した。戦前から、沖縄県人会の結成に関わり、戦後も沖縄県人史の編集、沖縄の移民の父「当山久三伝」を書いたりして異国で故郷沖縄のことを思い続けてきた。ハワイタイムス編集長を歴任、シカゴ、ハ−バ−ド大学等でも教鞭を取っている。沖縄からの海外留学生派遣を推進してきた「沖縄救済厚生会」は1947年にスタ−トしたが、その厚生会の幹事をつとめたのが湧川氏であった。その間ハワイの日本国総領事館顧問も務めた。

 その資料の受取りに当たって、安富祖忠信図書館長(当時)と松原受入係長が平成元年4月11日にハワイの湧川氏宅を訪問して現物を調査、その後、現地で関係者と輸送方法について細かい打ち合わせをした。図書の発送作業は梱包作業を含めて、多くのハワイ沖縄県人会会員がボランティアとして協力した。9月5日に沖縄に向けて船便で運送された。那覇港で燻蒸処理を行ない、9月26日に本学に到着、11月26日に受入が終了した。(「沖縄タイムス」1989年4月24日新聞記事他参照)

 この湧川蔵書の調査費や図書の輸送費は琉大後援財団国際交流奨励基金、りゅうぎん国際化振興財団やオリオンビ−ル等からの寄付金で賄われた。琉大は湧川氏のご厚意に対して、湧川氏夫妻をハワイより招待して、平成元年12月5日来県、12月7日に学長より感謝状が贈呈された。湧川氏の蔵書はその後、琉大の他に本県北部の名護市の名桜大学にも寄贈された。

◎「沖縄風俗絵巻」の発見

 本学所蔵の沖縄関係資料の中に戦前の沖縄の風俗を描いた珍しい絵画資料がある。資料名を「沖縄風俗絵巻」といい、カラ−の冊子体になっている。昔の沖縄風俗を紹介した非常に興味深い絵巻物である。この絵巻は熊本大学附属図書館にある原本を複製したもので、原本は巻軸であるようである。本学への入手については、当時の当館の橋本健一情報管理課長(現神戸大学附属図書館事務部長)が、1988年10月に熊本大学に出張した折に、五高記念館のガラスケ−スに展示しているのを発見したことによる。現物には旧制第五高等学校の角朱印があり、その隣に現在の熊本大学附属図書館の蔵書印が押されている。橋本氏の話では、五高での入手課程については不明であるという。この「沖縄風俗絵巻」の内容については本学の池宮正治法文学部教授が平成元年12月発行の琉球大学附属図書館報「びぶりお」第22巻4号に詳しく解説紹介している。それによれば、この絵巻の作者、製作年代とも不明で、明治初年から半ばにかけてのものであろうと思われ、作者は沖縄の人とみられると記されている。画面は52区画に分けられていて、最初に52のタイトルを紹介し、その中から興味深いものを池宮教授はいくつか選んで、コメントをつけている。

「沖縄風俗絵巻」所収「入れ墨」
▲「沖縄風俗絵巻」所収「入れ墨」

◎「原稿展」の開催

 昭和59年1月から文芸作品の原稿の寄贈を芥川賞作家の大城立裕氏やその他の作家に呼びかけ、収集を図ってきたが、貴重な資料が数十点寄贈されたのを機会に昭和60年1月28日〜2月28日まで図書館玄関ロビーで「原稿展」を開催した。展示作品は原稿の他に刊行された図書も展示、大城立裕氏の「カクテル・パ−ティ」や中原晋(本名:山里勝巳氏:本学法文学部教授)の「銀のオートバイ」(第5回琉球新報短編小説賞受賞)等8名の受賞作品を展示した。寄贈された原稿類は現在でも保管庫に保存している。
(「びぶりお」18巻1号、1985年1月号参照)

◎新聞資料展

 首里キャンパスから移転してまもない昭和59年1月18日から31日までの12日間、学内者は勿論のこと学外者に対しても新聞資料への関心を高めて頂くため、小規模ながら「琉球弧の新聞展」を開催した。図書館2階ロビ−のガラスケ−スを利用して展示したが、内容は当館所蔵の県内紙の数種類で戦前の「琉球新報」、「沖縄毎日新聞」、「沖縄朝日新聞」「沖縄タイムス」、「沖縄日報」、戦後は「沖縄新報」、「うるま新報」、「沖縄ヘラルド」、「沖縄毎日新聞」、「琉球日報」、「魁(さきがけ)新聞」等であり、展示にあたってはできるだけ多種類の新聞を閲覧できる意図からタイトルペ−ジ一面のみ複写陳列した。この機会にその他の新聞と併せて、年号を付記した新聞目録を作成した。
(「びぶりお」17巻1号1984年参照)

◎沖縄関係貴重資料展示会開催

 志喜屋記念図書館創立当初の頃、図書館所蔵の沖縄関係の古文書を外部の文化会館で公開展示してきたが、首里キャンパスから現在の千原キャパスに移転してからも、昭和58年に同年10月24日から29日まで、読書週間にちなんで本館所蔵沖縄関係資料の中からその一部を図書館玄関ロビーの展示ケース棚に展示し、古文書等の資料的価値を認識してもらうため資料展を開催した。

 展示内容は古文書の内、伊波普猷文庫からおもろさうし等5点、島袋源七文庫から浦添家本伊勢物語(沖縄県重要文化財)、宮良殿内文庫からペルリー提督来島時の手形:八重山嶋江一世流刑等2点、仲原善忠文庫から久米島仲里旧記、その他としてバジルホール航海記2点、戦後のGHQのマッカーサー指令官から本学開学式典の際に寄せられた書簡、及び第二次世界大戦後の米国沖縄統治資料関係の戦後資料など12点で、各々に解説を付けて、展示した。(「年報58年度」、「びぶりお」16巻4号参照)

 平成6年度に新館が増築され、その1階に多目的ホールが設置された。その為、施設の有効活用を図るため、教官の協力を得て、毎年、沖縄関係資料の古文書等の資料展示会を行い、学内外の教職員、学生や一般市民に公開して理解を深めてきた。その他、多目的ホールでは現在、展示会の他、講演会、映画会等様々な行事を行っている。

終わりにあたって

 今日の図書館の発展は図書館職員の地道な努力によってもたらされたものであるが、同時に資料の収集、利用者への情報提供等については教官の協力なしでは十分な成果をあげることはできない。また図書館運営委員会、その他の各種委員会、資料展示会、最近では研究開発室の発足等図書館活動に教官の協力は欠かせないものである。

 今回、この「琉球大学附属図書館のあゆみ」を連載するにあたって、当館に保存している文書類を中心に記述してきましたが、補充する意味も含めて以下の文献を参照しました。「琉球大学附属図書館三十周年略年表」、琉球大学附属図書館報「びぶりお」、「図書館年報」、「琉球大学記念誌」、「琉大風土記」、「沖縄大百科事典」、山田勉氏著書「沖縄の図書館と図書館人」及び同氏が会長を兼ねている沖縄図書館史研究会著「沖縄の図書館沿革小史」等関連文献。

 さらに記載に当たって、退職された図書館OBより、多々ご助言を頂きました。また、本学の法文学部教授の垣花豊順氏、教育学部教授の水野益継氏、名誉教授の安次富長昭氏、沖縄公文書館前館長の宮城悦二郎氏、名桜大学副学長の瀬名波榮喜氏、名誉教授の大鶴正満氏、理学部教授の比嘉辰雄氏、農学部助教授の新里孝和氏等より、関連資料およびご助言等頂き心からお礼申し上げます。
「琉球大学附属図書館のあゆみ」について、草々期からの図書館事情を出来るだけ年代順に記述し、その間、資料収集その他の図書館活動で深く関わった教官及び図書館OB諸氏のご苦労を振り返りつつ、先人の足跡を追ってみました。又、本学の特色の一つで、戦後琉球大学がいち早く取り組み、首里キャンパス時代より現在まで、県内外より収集を図ってきた沖縄関係資料についても一部ではありますが、その入手経過について記載してきました。

 これまでに記述しなければならない事項等で漏れた点も多々ありますが、誌面の都合上、割愛したことをお詫び申し上げます。後日、機会があれば補筆したいと存じます。

終わり
(とよひらともみ:図書館専門員)