琉球と支那との関係| 琉球・沖縄関係貴重資料 デジタルアーカイブ

111/仲原善忠文庫

琉球と支那との関係

解説(Description)

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本史料は、マカレー東本願寺住職で沖縄出身の玉代勢法雲が1952年6月からホノルルのKAHU放送局にて行った同タイトル(8回シリーズ)のラジオ番組を終了直後に小冊子にして出版したものである。「日琉同祖論」をハワイの沖縄社会に導入する役割を担ったのは伊波普猷であったが、その伊波の「日琉同祖論」を最も忠実に継承したのが玉代勢であった。「琉球」と「支那」の系譜的不連続性を描きながら、「日本」との系譜的連続性を主張している様子がうかがえる。

This document was published by the Okinawan-born Buddhist priest Tamayose Houun at the Makarē Higashi Honganji after the eight-series radio
program ended that had been broadcast from KAHU radio station in Honolulu starting June in 1952. The idea of ”Nichi-Ryu Doso(consanguinity of
Japan and Ryukyu)” was brought by Iha Fuyu to Okinawan society in Hawai. It was Tamayose that suceeded Iha Fuyu’s ideas exactly while insisting
on the genealogical discontinuity between Ryukyu and China, Tamayose emphasized that Japan and Ryukyu have genealogical continuity.

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